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『予兆』




 その日は電車で会社に行って、報告とか会議とかこなして、電車で地元に戻ってきた。駅ナカの輸入スーパーの前を通りかかった時、遠目にもあいつの姿が目に飛び込んできた。耕三が小さな紙コップを手にスーパーの中に立っていた。おれは思わず顔を笑わせて近づこうとした。だが、耕三がなにをしているのか気がついて足が止まった。
 耕三のすぐ前にエプロンをつけた店員がいて、客にワインの試飲を勧めていた。耕三は紙コップを店員の前に突き出して、おかわりを要求しているらしい。しかし店員は耕三を無視している。その様子からして、きっともう何度もおかわりをもらっているのだと想像がついた。
 店長らしい年配の男がレジの方からやってきて、耕三に頭を下げた。いつもありがとうございます、と言っている声が雑踏の中からも聞き取れるが、その顔には愛想笑いも浮かんでいない。その真顔の対応に耕三も驚いたのか、紙コップをゴミ袋に投げ込むとスーパーを出て行った。
 おれは息を詰めて耕三の後を追いかけた。耕三は駅前の大手スーパーに入っていき一番安い発泡酒を買った。スーパーの向かいの小さな公園で立ったままそのビールを飲んだ。一本目はほとんど一気に飲み干して、もう一本は花壇の端に腰かけてゆっくりと飲んだ。
 うつむいて酒を飲むその姿におれはショックを受けた。
 それまでも耕三はちょっと飲み過ぎるとは思っていた。だけど、たぶん、ちょっと、じゃない。どこからをアル中と呼ぶのかはよくわからない。でもとにかく、耕三が問題を抱えているのは間違いない。


「なんでそんなに飲むんだよ?」
 おれが聞いても、耕三はまともに取り合わなかった。
「うまいからに決まってるじゃん」
 駅ナカのスーパーで見たんだぞと言うと、ヤバイとこ見られちゃったなあ、とニヤニヤ笑った。
「おれのせいか?」
「まさか。前からだよ、このくらい。だから大丈夫。まだ中毒じゃない。仕事中にいつも飲むようになったらヤバイと思うけどさ」
 嫌な予感がした。
「飲んだことあるのか、学校で?」
「一度だけだよ」
「お前、そんなこと、ゆるされないだろ、学校だぞ?」
「生徒にはウケてたよ」
「バレたのかよ!」
「酒臭いって言われた。前の晩に飲み過ぎたって言ってごまかしたけど」
「信じたのか」
「さあね。でも大丈夫。僕、生徒に人気あるし」
 たしかにこの飄々とした調子なら子どもには人気がありそうだとは思う。だが、中には酒臭いことを親に話す生徒もいるだろう。一度きりならともかく、また同じことがあったらどうなるかわからない。そもそも本当に一度きりのことだったのか、疑ってしまう……。
 耕三が冷蔵庫の前で足を滑らせる。しかしそこはうちのキッチンじゃないし冷蔵庫も消えている。耕三は駅のホームにいて、線路に落ちていく。電車が入ってきて急ブレーキの音が響き渡って……。
 大きく息を吸い込んで我に返った。
 おれは車の運転席に座っていて、信号待ちをしていた。夢を見たのかと疑うが、居眠りをしていたとは思えない。考えてみると、冷蔵庫の前で足を滑らせたあの時だって、眠って夢を見たという感じじゃなかった。正夢というより、なにかヴィジョンを見たという感覚だった。
 おれは車を路肩に停めて耕三にメッセージを送った。もう学校は終わっていて、今頃は電車に乗っている時間のはずだ。なのに既読マークがつかない。
 そうだ、駅にいる時間。
 おれは心臓がドキドキいうのをとめられなかった。不安でどうしていいかわからなくなってしまった。

      (『バディ』五月号より抜粋)








というわけで久々にさわり紹介です。

順番が逆になっちゃうんだけど、先にバディさまの方からとなります。
挿絵は晃治郎先生。

近いうちにジーメンさまでの最後の連載分も紹介する予定です。





小玉の小説はジーメンでしか読んだことがないよね、という方には
ちょっとちがう雰囲気と感じられるかもしれません。

登場人物の年代がみんな若い、ということもありますが、
リアル路線?というか、なんというか……。

いくつか約束があるせいも。
約束、といっても、その時その時で変わってくるんだろうけど……。

たとえば、『バディ』さまでは、登場人物はゲイであることが基本。
つまり、まるきりのノンケ男が巻き込まれ的にホモセックスに溺れていく
というような話はダメ、というか、避けなければならない。

レイプとか暴力絡みももちろん避けるべき。

セーフでないセックス描写は問題外。

ゲイであっても妻子持ちの隠れホモがウホウホ、みたいなのもちょっと……。


ウホウホじゃなきゃ大丈夫なのかな?という気もします。
実際、書いたことあるし……。
というか、紙に書かれたガイドラインがあるわけじゃないので、
絶対にダメ、ということでもない。


いくつか、編集者さまとメールのやりとりで注意されたことはあったんですが、
それも、その時、その時の編集者さまによってだし……。

仲のいいカップルが出てきて、二人とも検査受けているという説明もあって、
だけど口中射精を書いたら、
「ちょっと小玉さん、困ります。口中射精がお好きなようですが……」みたいに言われたことも。
(事実、好きだから言い返せない。)


「でも、漫画ならそういうのいっぱい載ってるじゃん?」
と思われた方。
そう思いますよね。


しかし漫画と小説では扱いが違う。

小説の方がリアルに近い判断ということらしい。

たとえば暴力的な漫画を読んで、
そのまんま暴力的なことをしでかす人はいないけど、
小説はリアルに感じる人が多いだろうから、
暴力、……ああ、好きにしていいんだ、
みたいなのはダメということなのか。



はっきり口頭で説明されたこともありました。

たとえばSM漫画の巨匠の作品などにおいて、
手足を切り落としちゃったり、
みんなで手込めにしちゃったり、
売り飛ばしちゃったり、
そういうのは、誰が読んでもフィクションとわかるからよい。
あまりにも現実とかけ離れているから、それはそれでアリ、と。

しかし小説では……。
「とくに小玉君の小説はリアルっぽいもの多いからちょっとね~」
みたいな。

リアルっぽいと言われてうれしかったこともあり、
反論はせず。

(リアルだから優れてるってわけじゃないのにね……)





はじめの頃はそういう約束的なものを
ハードルのように感じていましたが、
しかしそういう制約の中でお話を考えるのもまた面白い。

最近はそういう考え方になりました。

というか、まるっきり自由でなに書いてもいいよ、
よりも、
この範囲で、こういう設定で、こういう人物が出てくる話、
というように言われた方が、ほんとは楽なんですよね。

いや、楽というんじゃなくて、
それはそれでやりがいがあるというか……。
ようし、だったらそれでなんとかやってやろう、みたいに考えたり?




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osamukodama

Author:osamukodama
小玉オサム
今は亡き『さぶ』でデビューしてなんと26年目! ゲイ雑誌各誌に小説をのせてもらって四半世紀経ったということ。いつのまにか休刊した雑誌の方がずっと多くなってしまい……。時代……。この間、鏡を見たら耳から盛大に耳毛が飛び出していた! 時代……。

旧ブログ http://kodamaosamu.blog48.fc2.com/
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